参加校・スケジュール

販売センター内部の環境デザイン
3月19日(火) 10:00~大正大学集合・出発
16:30~いりやど到着・オリエンテーション
            被災状況DVD鑑賞、語り部「あの日のこと」
19:00~ワークショップ①
          「被災地で感じたこと」
3月20日(水) 9:00~がれき撤去ボランティア
15:30~被災現場の視察
17:00~ワークショップ②
「ボランティア活動を通じて感じたこと/田舎と都会の暮らしの違いを考える」
19:00~語り部
「当時の写真を見ながら振り返る/避難所の自治会長を務めて」
3月21日(木) 9:00~入谷地区農業支援活動/いりやど花壇造成作業
16:00~ワークショップ③
「今後の東北と自分の未来を考える/未来への希望の種」
3月22日(金) 9:00~復興の現場から
          八幡神社―YES工房―さんさん商店街
13:15~お別れ式、出発

活動の記録





参加者の声

近日公開予定。




体験学習ツアーに参加しての感想
今後の私大ネット36やいりやどに期待すること

埼玉工業大学 学生会執行委員会副会長 2年 小川 和也

この2泊3日の体験学習ツアーでは南三陸被災現場の視察と実際に体を使ってのボランティア体験をさせていただきました。一日目に被災現場の視察ではテレビ等のメディアの報道では見れていなかった所や、本当の被災地の現状というのを目で見て感じることが出来ました。


二日目は実際に体を使ってでのボランティアを体験しました。内容は畑の石を拾うというイメージしていた復興のためのボランティアとは違っていたが実際にやって、話を聞いてこんな小さな作業でも復興のためになるんだなと実感しました。


■今後の私大ネット36やいりやどに期待すること等
今回参加して視察やボランティアをした後に他大学の学生と意見の交換をし合えるというのはとても有意義な時間を過ごせました。私大ネットがこのような繋がりと有意義な時間だと思えるものがあるのならばもっと大きく、そしてもっと他大学の学生との交流を持ちたいなと思いました。
いりやどさんはスタッフの方々がとても親切で初めて行った人でもがとても安心してツアーに参加出来る場所だと思いました。もっとボランティアに来てくれるように私も私なりにいりやどのこと、南三陸のことを伝えていきたいです。



南三陸町の人々の逞しさ    ― ワカメ漁家97歳のおばあちゃんに学んだこと ―

國學院大學 3年 永井 靖乃

私にとって私大ネット36のプログラムは、ボランティアをさせて頂くということだけでなく、自分自身を見つめ直すきっかけにもなったと思う。時間に追われた生活から離れ、普段関わることのない環境で様々な現状と向き合い、これまで知らなかった自分に出会えた。


東日本大震災から2年経つが、このプログラムに参加してようやく、先の震災の大きさと恐ろしさを私自身の肌で感じた。特に、海沿いの街である南三陸町を襲った大津波の威力には言葉を失うばかりであった。しかしそこで私が見たものは、それぞれ自分のやり方で前に進もうとする南三陸町の人々だった。その逞しさと絶対に復興するぞという力強い姿勢に感動した。

プログラムにおいて特に私が印象に残ったことは南三陸町の海で漁業を手伝わせて頂けたことだ。作業は水揚げしてボイルされた後のワカメを広げて、腐っていたり、変色していたりする部分を探しカッターで切るという単純作業だった。単純作業ではあるが実際に作業をすると、切るという作業で肩や首は痛くなり、ワカメの入った25キロのケースの持ち運びは、繰り返すうちにしんどいと思うようになった。作業場には50代から最年長で97歳の方がいた。ところが、この作業をお母さんたちはテキパキとこなしており、あまりのスピードの速さに驚かされた。「この仕事に定年はないのよ。一生現役。働かざる者は食うべからず。そうやって頑張るのよ」と笑いながら作業をするお母さんたちの横顔が私には眩しかった。作業をしながら様々なお話を聞いた。あの日のことも、これからのことも、いきなりやってきた学生の私に丁寧に話してくれた。どの話も心に響くものだった。

作業後のWSでは他大生と意見を交換し、自分とは違った考え方にたくさん触れることができてとても新鮮だった。このプログラムを通し、ポジティブ思考の自分、実は涙もろかった自分、お年寄りが好きだという自分、机上の勉強が嫌いだという自分に出会えた。



2年を経て、再び訪問し気づいた被災地の現状
― このプログラムに参加したからこそ感じたこと ―

学習院大学 3年 橋本 留依

今回は、私が今までに参加したボランティアバスとは一味も二味も違う体験ができました。というのも
"まなびの里 いりやど"や"体験ツアー"は体験したことのない、私にとって新しいものだったからです。


夜行バスで現地へ向かい朝からボランティアセンターの下で作業。夕方まで作業をした後はお風呂に入りに行き、夜はボランティアのための施設で雑魚寝。食事はコンビニかお弁当…今まで私が経験してきたボランティアツアーは、そんなハードなものでした。
それに比べ今回は宿にお風呂や十分な就寝スペースが完備され、そしてなんと美味しくて温かい食事つき。初日の夜は自分がこの地に何をしにきたのか少し分からなくなり、また不安にもなりました。というのも今回初めて震災後の東北に足を踏み入れた人はどうだろう。これが当たり前だと思ってしまうのだろうか、と思ったからです。

そういった意味でも到着して最初に見せていただいたVTRにはとても意味があったと思います。地元の方が撮影したあの日、あの時の南三陸。押し寄せる津波と次々に崩壊していく建物、流される車。衝撃的な映像でした。しかしあの映像をみたことにより私達はあの日と現在の南三陸を頭の中で行き来することができたのです。映像で見たあの場所は…あのままなんだ、何もないんだ、新しく仮設が建ったんだ。現地を視察し現地の方のお話をきく。そしてそれらの体験はワークショップでの沢山の意見や感想に繋がりました。今まで東北をどう見ていたか、これから自分が東北や震災とどう関わっていけば良いのか、一人ひとりが見つめ直し、多くのことに気づきました。

私も新たに気づいたことがあります。それは私が初めて来た東北も震災から1年以上が経過した状態だった、ということです。前に来たことがあるから2年経った現在がどれほど進んだか気づく。間違いなく震災直後と私が初めて来たときも被災地の状態は大違いだったのでしょう。しかしどうしても見たものばかりが記憶に残り、当たり前のことを見落としてしまう。無知と経験の間には恐ろしいほどの差があるということに気づきます。今回のような体験ツアーは2年経った今の東北との繋がり方を考える本当に良い企画だと思います。初めて行く人にもぜひおすすめしますし、行ったことのある人にとっても考えさせられる貴重な経験となるのではないでしょうか。


参考)津波が押し寄せる瞬間と、震災前の南三陸町の風景  写真提供:佐藤 秀昭様 ブログ「南三陸 海 山 川!」より


自分たちにできること ― 2回目の参加で見えてきたもの ―

立正大学 4年 福戸 翔馬

何もない場所から見えてきたもの

立正大学 2年 藤 彩乃

「してあげる」ボランティアから、「ともに歩んでいく」ボランティアへ

立正大学 3年 深海由美子


自分たちにできること ― 2回目の参加で見えてきたもの ―

立正大学 4年 福戸 翔馬

私は「私大ネット36」を利用して南三陸町に二回行きました。一回目は被災地がどのようになっているかわからず、被災地を目に焼き付けておこうという思いで参加しました。しかし、二回目に行ったときは前に写真で撮ったところがどのように変化し、どのように復興に近付いているのかを見ることができました。また、少人数で宿泊施設に泊まるため現地の人と親しくなることができ、二回目に行った時も覚えていてくれた方がいて、とても話しやすく、より多くのことを話すことができました。
プログラム参加後も他の学生と連絡を取り合い、被災地に行かなくても復興について考える仲間ができました。私はここでの経験を友達に伝え、復興の輪を広げていき、その友達たちを誘ってまた被災地へ行き、現地を見て何か自分たちにできることを見つけたいと思います。

何もない場所から見えてきたもの

立正大学 2年 藤 彩乃

南三陸に着いて見たものは、まるでもともと何もない地だったのではないかと感じてしまうほど、何もありませんでした。
住宅街、公共施設、畑。
自分の家の周りにあるであろうものは何一つありませんでした。
もっと瓦礫があるものと思っていたのですが、大きな瓦礫はほとんど無くなっていたことが、余計何もないと感じさせられました。
小学校跡地を見ていたとき「あの花壇が、小学校にあるやつみたいだよね」と友人が言った花壇を見たとき、ここが被災地なんだと認識しました。
確かにその花壇は小学校によくあるコンクリートで固められて作られた花壇の残骸でした。
植えられていた木々や花が枯れていて、春も近いというのに枝しか残っていなかったことが塩害という災害を感じさせました。

ボランティアを行いながら、移動式のスーパーが通りました。
地元でみかける石焼き芋屋のようなものでしたが、後で話を聞くとそのスーパーも震災で流されてしまったとのことでした。
それでも、今必要としている人のために自らが移動し販売を行うスーパーの方を考えると、被災地の方は今、互いに支えあって生きているということを知りました。

滞在期間は3日間ととても短かったのですが、行って現場を見ることができてよかったと感じました。
次回行く機会があればもっと多くのものを見て、ボランティアにももっと参加し、少しでも震災復興に貢献できたらいいなと強く思いました。

「してあげる」ボランティアから、「ともに歩んでいく」ボランティアへ

立正大学 3年 深海由美子

東日本大震災から2年が過ぎ、支援活動は長期化・困難化する中、私たちは宮城県の南三陸町へボランティアに行った。私は、大学の心理学部に所属し勉強中の身であるため、震災による被災者の心理的ダメージがどのくらいであるかという部分に関心があった。それと同時に、瓦礫撤去と自分が体験したことを地元に帰って周りの家族や友人・知人に伝えることも大切であると考えていた。
しかし、いざ現地に赴くとその光景に足がすくみ、心が揺らぎ何も言葉にならない感じであった。学生ボランティアの宿泊場所及び、活動拠点となっていた「いりやど」では、3.11の実際の津波の映像と当時の話を聞いたが、ボランティアのほぼ全員が悲嘆の気持ちに包まれたのは確かである。そして、その後の津波現場の視察やワークショップ、震災の語り部の話を聞きながら、私は自分と心理学の知識の無力さを思い知った。
震災という同じ体験をしたとしても、皆が同じ外傷を受けるとは限らない。そのダメージは、人それぞれであり、私たちがどんなに理解し、共感しようとしても無理である。そのことがわかって初めて、ボランティアで「何かをしてあげる」という発想から「一緒に何かをしたい」という考えに変わった。
今後も、復興に向けて被災者とともに考え、ともに歩んでいけたらと希望する。